西洋の思想と文化に広く通じた批評家として、学生時代から加藤周一の書物には親しんできましたが、たとえば丸山真男、寺田透、吉本隆明、谷川雁のように強い衝撃を受け、必死になってその論理を追いかけるというのではなかった。割り切りのよさと目配りの広さを特徴とする加藤周一の文章に、熱気の足りなさのようなものを感じていたと思います。
そんな印象が払拭されたわけではないが、十数年前に『日本精神史』の執筆を思い立ち、日本の思想と文化の研究に本腰を入れるようになったとき、加藤周一の『日本文学史序説』や『日本その心とかたち』が真剣な対決をせまる、思想的情熱のこもった書物としてあらわれてきました。
そのような経緯を踏まえて、この機会に、加藤周一に対する自分の違和感と親近感について改めて考えてみたく思います。
長谷川 宏
1940年島根県生まれ。1968年東京大学哲学科博士課程単位取得退学。東大闘争に参加後アカデミズムを離れ、所沢市の住宅地で学習塾を開くかたわら、在野の哲学者として研究を続ける。
主な著作に『ヘーゲルの歴史意識』『ことばへの道』『同時代人サルトル』(以上、講談社学術文庫)、『丸山真男をどう読むか』(講談社現代新書)、『高校生のための哲学入門』(ちくま新書)、『日本精神史』(上・下、講談社、2016年度パピルス賞)など。
主な訳書に、ヘーゲルの『哲学史講義』(全4冊 河出文庫)、『歴史哲学講義』(上・下 岩波文庫)、『精神現象学』(作品社)、アランの『芸術の体系』(光文社古典訳文庫)など。