現代世界は進むべき羅針盤を見失った危機の時代に見える。もっとも、二度の世界大戦をくぐり抜けた20世紀も危機の時代であった。そのような時代を、当時を生きた東西の宗教思想家たちはどのようにとらえていたのだろうか。どのように生きる指針を示したのだろうか。独立前インドのムスリム詩人ムハンマド・イクバール(1877~1938)は、イギリス支配下でヒンドゥー教徒が多数派を占めるインド社会のムスリムという二重のマイノリティの立場から、西洋近代の向こう側に新たな人類の普遍性を思い描こうとした。日本の鈴木大拙(1870~1966)は、英語を通じて日本の禅を世界的な地平に位置づけようとする一方、戦時中の軍国主義イデオロギーであった「日本精神」に抗して「日本的霊性」を提唱した。大拙の思想の精神的継承者の一人である井筒俊彦(1914~1993)の神秘主義研究は、どのような時代の危機と切り結ぶ営みだったのだろうか。フランスのイエズス会士であるミシェル・ド・セルトー(1925~1986)は、1968年5月という危機に直面して、どのようなキリスト者としてのあり方を模索したのだろうか。本シンポジウムでは、これら4人の宗教思想家の営為を時代のなかに位置づけ、相互に比較し、その意義や問題点を明らかにしながら、現代世界を生きるための教訓や指針を引き出すことを目指すものである。
アブデヌール・ビダール(高等研究実習院、社会・宗教・ライシテ研究グループ)「ムハンマド・イクバール、近代におけるイスラームの危機の批判的目撃者」
安藤礼二(多摩美術大学)「鈴木大拙の「霊性」――二つの時代の危機を通して」
若松英輔(東京工業大学)「井筒俊彦とカトリシズム――『神秘哲学』とそれ以後」
渡辺 優(東京大学)「キリスト教の破砕/燦めき――現代カトリックの危機とミシェル・ド・セルトー」
司会 鶴岡賀雄(東京大学名誉教授)専門は宗教学、とりわけ神秘主義。