音楽における東西文化の融合について考える時、頭に浮かんでくるのは次の二組の語と一組の名前です。その第一は
1)通時性 (つうじせい) (diachronique)と同時性 (どうじせい) (synchronique)で、その第二は
2)帰納的(きのうてき)創造観 (inductive)、演繹的(えんえきてき)創造観(déductive)の二組です。
第一の通時性は文化の融合に当たって、長い歴史の変遷の中に存在した多くの音楽の諸形態を考慮に入れるのに対し、同時性では限定された同時代と狭い地域の中で育まれた音楽形態しか考慮に入れないのです。第二の帰納的創造観では長い人類の歴史の中に残された多くの音楽形態を分析、分類し、そこから各々の法則を抽出し、それを現代音楽の法則と融合し、個人の書法を作り出し、それで作曲すべきだという考えです。これに対し演繹的創造では、その時代の人々に使われている共通の書法で作曲すべきで個人の書法を作るべきではないと主張するのです。
3)この通時性と帰納的創造観を主張したのがOlivier Messiaen (オリビエ・メシアン)です。これに対し、同時性と演繹的創造観を提唱したのがPierre Boulez (ピエール・ブーレーズ)です。日本の洋音楽導入者、伊沢修二 (いざわしゅうじ) (1851-1917)も後者に属する創造観を有した人です。私は日本の伝統音楽(特に能楽)とヨーロッパ音楽の融合を試み個人の書法(序破急書法)を作り出してみました。時間の許すかぎる説明いたします。
丹波 明
作曲家。1932年横浜に生まれる。横浜第一中学、希望ケ丘高校を経て東京芸術大学作曲家では池内友次郎に師事。60年フランス政府給費留学生として渡仏。パリ音楽院に入学、T.オーバン、O.メシアンに師事。作曲で一等賞、楽曲分析で二等賞、リリー・ブーランジェ賞、ディボンヌ・レ・バン作曲賞等を受賞。64~67年フランス国立放送研究所で具体音楽研究に従事。67年フランス国立科学研究所哲学(美学)科に入所、90年主任研究員となる。70年以降作曲、音楽学の両分野で活躍している。
作曲家としては多くの音楽祭で作品を発表。特に77年楽劇 <エロイーズとアベラール>、79年<ミサ曲>をアヴィニオンの音楽祭にて発表、同年、フランス国立放送により「丹波明の一日」が放送され、オランダ現代音楽祭では十作品が演奏された。89年NHK (FM)は彼の作品による二時間番組を放送している。CDにはピアノ協奏曲<曼荼羅>、チェロ協奏曲<オリオン>などが収録されたREM311321、弦楽四重奏曲<タタサー>、電気ギター協奏曲<エリオード>(太陽の賛歌)、電気楽器の為の<乱流>の収録されたREM311338、邦楽器のために書かれた四曲を収録したALM3076(日本版)等でその一端を知ることができる。
音楽学の分野では71年<能音楽の構造>によりソルボンヌ大学より音楽学博士号、75年同書に対し日本翻訳家協会文化賞を受賞。84年には<日本音楽理論とその美学>により同大学よりフランス国家博士号を授与される。日本で出版されている著書には<創意と創造>、<序破急という美学>(両者とも音楽之友社)、その他多くの論文がある。