本賞

渡辺 優

『ジャン=ジョゼフ・スュラン― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』

慶應義塾大学出版会、2016 年

受賞者の言葉

 歴代の受賞者には尊敬する研究者も数多く、そこに名を連ねるということについては、喜びにもまさって、この身の引き締まる思いがしております。さらなる精進を誓うとともに、これまで私の研究を支えてくださった多くの方々に改めて心より感謝いたします。

 スュランという人物については、ポーランド映画の名作『尼僧ヨアンナ』や、A. ハクスリーの歴史小説『ルダンの悪魔』などを通じて耳にしたことがあるという方はいるかもしれません。いずれにせよ、「知る人ぞ知る」という程度には知られている彼の名は、17世紀フランスに起こった「ルダンの悪魔憑き事件」において、エクソシストとして修道女の悪魔祓いに傾注した果てに自らが悪魔に憑かれてしまうという、俄かには信じがたい出来事の主人公として認識されてきました。

 しかし、私の研究の主眼は、むしろその後の彼の歩みに置かれています。悪魔憑き体験以後のスュランの霊的道程――彼は、15年とも20年ともいわれる「魂の暗夜」の試煉を抜けた後、故郷ボルドー周辺の農村地帯で司牧と宣教に奔走します――を辿りなおすことで、センセーショナルな「体験」に目を奪われがちであった従来の見方を問いなおし、スュラン理解を刷新すること。これが本書の第一の目論見でありました。

 ところが、この試みは、たんにスュランという一人物の評価を再考することにはとどまりませんでした。それはそのまま、「神秘体験」をその中心に据えてきた従来の「神秘主義」理解、あるいは「宗教」理解を問いなおすことにも繋がっていったからです。圧倒的な現前の体験をその身に被ったスュランですが、彼はむしろ、一切の体験が去っていってしまった後に到来した境涯、暗く、曖昧で、漠然とした「信仰の状態」に、闇に宿る神を求めて恋い焦がれ、彷徨う魂の幸い(un heureux naufrage)を見いだし、言祝いだのでした。

 近世の神秘家たちの言葉に、現代にも通じる「信の言葉」の響きを聞いてみたいというのが、これまでもこれからも私の願いです。近世の神秘家たちは、もはや中世のような安定した宗教的権威や伝統の基盤がないところで、それでもなお神を語ろうとした者たちだった。そのように言えるとすれば、近世神秘主義が提起する問いは、20世紀以降、「神の不在」や「宗教離れ」が叫ばれるなか、それでもなお信じるということはいかにしてありうるかという、現代宗教思想の根源的問いとも交錯してくるはずだと考えています。