フランス側渋沢・クローデル賞

シモン・エベルソルト

『偶然と共同―日本の哲学者、九鬼周造』

博士論文

受賞者の言葉

 日本とフランスの知的交流を代表する渋沢・クローデル賞を賜り、大変光栄に存じます。その上、九鬼周造は、渋沢栄一とポール・クローデルと同様、日仏交流を体現した人間であり、私自身の研究も、日本での留学がなければ、成し遂げられなかったもので、正に日仏交流の賜物であり、感慨無量であります。その中で、御支援、御指導を賜った指導教官、先生方、同輩に改めて厚く感謝申し上げます。

 これらの交流はそもそも出会いがなければ、成り立ちません。九鬼周造は日本だけでなく、フランスとドイツという異なる国民的・言語的・知的コンテクストに出会い、ジッド、クローデル、ベルジャーエフなども参加した文芸共和国とも呼べるポンティニー旬日懇話会(Décade)で講演し、処女作をフランス語で刊行し、フランス語やドイツ語の概念を翻訳し、田辺元、ベルクソン、フッサール、ハイデガーなどの個性的な哲学者との出会いを通して思索し、普遍的な哲学を練り上げました。私は、これらの出会い、すなわち九鬼が生きた哲学的・思想史的なコンテクストを考慮しながら、偶然の出会い、すなわち「邂逅」という、彼の哲学の根幹を解釈しようとしました。その邂逅は、我と汝に共通の現象であると同時にそこから個人的な差異が現れる現象だ、という現象学的解釈を試みました。そして、邂逅は、その都度既に我々に与えられるもので、それによって個人的存在者や可能の観念など、あらゆる現象が現れる。これが、九鬼哲学と対話して、私の博士論文が至った根本テーゼです。九鬼哲学は、一方で偶然の邂逅によって生じる我と汝の共同存在性と、他方でそこから目指される同一性との緊張・せめぎ合いから成る哲学だ、という解釈を加えました。

 国民間の邂逅、先人たちとの邂逅、個人と個人の邂逅、それら三つの具体的な邂逅から普遍的なものが見えてきて、哲学的概念が生まれる。普遍とは与えられたものではなく、孤独で悩める英雄的な個人が無から創造するものでもない。九鬼周造の人生と哲学を研究して、そして自分自身の研究過程を省みて気づきました。国民間に共通のものを顧みようとしない偏狭な民族主義、諸国民の文化的・歴史的特殊性を無視する抽象的な普遍主義に抗して、これからも日本哲学研究を通して、文化的・歴史的コンテクストを考慮する具体的な普遍主義を考察して行きたいと思います。