第37回 渋沢・クローデル賞 奨励賞
奨励賞
須藤 健太郎 氏
『評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように』
共和国、2019 年
受賞者の言葉 |
このたびは『評伝ジャン・ユスターシュ』を栄えある渋沢・クローデル賞奨励賞に選出していただき、まことにありがとうございます。審査委員ならびに関係者のみなさまに厚く御礼申し上げます。 もともとはパリ第3大学に提出した博士論文でしたが、完成にいたるまで長い時間がかかりました。多大な労力を費やし、並々ならぬ思い入れを込めて執筆したことを正直に告白いたします。博士論文を日本語に翻訳し改稿した本書がこのような身に余る光栄に恵まれたことを心より嬉しく思います。 ジャン・ユスターシュという映画作家を発見したのは、2001年のことです。当時は桜丘町にあったユーロスペースで特集上映があり、ヌーヴェルヴァーグに強い関心を持っていた私は待ってましたとばかりに駆けつけ、言葉を失うほどの衝撃を受けました。2002年5月には山田宏一さんの名著『友よ映画よ、わがヌーヴェルヴァーグ誌』の増補版が平凡社ライブラリーから刊行されています。もしかするとそのときすでに旧版を読んでいたかもしれないと記憶があやふやではありますが、いきいきとした筆致でユスターシュの人柄を伝える山田節に読みふけり、ますます関心を高めました。いろいろと忘れてしまっていることも多いというのに、いま振り返ってみると、私は20歳のときに受けた衝撃にあまりに忠実に生きてきたのではないかという気がします。それをなんとか言葉にしようともがくうちに10年が過ぎ、15年が過ぎて、ほとんど20年近い歳月が流れました。結局、この本もそんな青春の結晶でしかないのかもしれません。 この場を借りて、いまは亡き恩師である梅本洋一先生にあらためて感謝の意を表したいと思います。フランスで博士論文を書いているときも、それを日本語に翻訳しているときも、つねに読者の一人として念頭にありました。おそらく誰より熱心に読んでくれ、誰より早く感想を寄せてくれたはずでした。生前に仕上げられなかったことが悔やまれます。 渋沢・クローデル賞は私にとって特別な響きをもっていました。梅本洋一著『サッシャ・ギトリ——都市・演劇・映画』が1992年度のLVJ特別賞を受賞しており、賞と名のつくもののなかでもひときわ輝いて見えました。先生、練習は有益でした。指導はこのようなかたちで実を結ぶことになりました。またいつかどこかで。 |
選評 |
評者 澤田 直(立教大学教授) 本書は1960年代半ばから1981年にかけてフランス映画界を彗星のごとく駆け抜け、伝説的な『ママと娼婦』(1973)によって知られる映画監督ジャン・ユスターシュに関する本邦初のモノグラフィである。元になったのは、著者がフランス語で執筆し、パリ第三大学に提出した博士論文。あたう限りの関係者から聴き取り調査を行うとともに、多方面に及ぶ文献を博捜した学術的な労作であるが、文体はきわめて平明であり、専門知識の羅列とは一線を画す、一般読者にも接近可能な作品である。 ジャン・ユスターシュが生前に公開できた長篇作品はわずか2本。42歳の若さでピストル自殺した悲劇的な生涯は、多くの謎を秘めたまま一部のシネフィルたちのあいだで神話化されてきた。本書は、その謎を解きほぐそうという試みである。評伝と名打たれながらも、その記述法は必ずしも評伝の約束事に従うものではない。生涯と作品をほぼ年代順に追いながらも、第一部は、第一作ではなく、再出発点となった作品『ナンバー・ゼロ』(1971)の意味合いを探求することから始められるからだ。その後、第二部で長篇『ママと娼婦』と『ぼくの小さな恋人たち』が俯瞰されたあと、遺作となった『アリックスの写真』の詳細な分析に宛てられた第三部へとつながれる。その意味で、本書の真髄はきわめて精緻な作品分析にあると言えるが、作品の生成をめぐる事実検証のみならず、当時の映画界の状況と、そこで彼が選択した創作の方向性が的確に論じられている点も高く評価できる。実験映画の団体への所属、ドキュメンタリーやテレビ・ルポルタージュ、さらにはビデオによる表現に旺盛な関心を寄せていた事実の指摘によって、ヌーヴェル・ヴァーグ直系というに留まらない、より広いメディア文脈においてユスターシュの作品を捉え直す可能性が示されているだけでなく、当時のINA(国立視聴覚研究所)が果たしていた役割などに関しても目配りがされており、従来の言説にとらわれない新たな映画史の展望が試みられている点でも、我が国の映画研究に資するところが多いと言える。 ユスターシュにおける実人生と映画の境目のない性格を勘案すれば、もう少し伝記的事実を掘り下げるべきではなかったのかという意見や、その軽快すぎる文体が学術的刊行物として適切なものなのかという疑義も出されたが、全体として清新な映画評論であるという点については選考委員のあいだで意見の一致を見た。 |