第39回 渋沢・クローデル賞 奨励賞
奨励賞
金山 準 氏
『プルードン 反「絶対」の探求』
岩波書店、2022 年
1977年4月茨城県生まれ。東京大学教養学部、東京大学大学院総合文化研究科を経て、2008年より北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授、現在に至る。2011年、学位論文『ジョルジュ・ソレルの思想とソレル主義の展開』により、東京大学大学院総合文化研究科より博士号を取得。博士(学術)。2013-14年、パリ第8大学哲学科・客員研究員。専門は19世紀から20世紀前半を中心とする近現代フランス社会思想史
受賞者の言葉 |
このたびは第39回渋沢・クローデル賞の奨励賞を賜り、たいへん光栄に存じます。ご多忙のところ審査の労を取っていただいた関係者の皆様に深くお礼を申し上げます。また拙著に関わって頂いた全ての方々と、これまで私の研究を支えてくれた皆様にあらためて感謝の念をお伝えしたいと思います。 拙著に結実した研究は私が博士論文を執筆後にあらたに手掛けたものであり、校務と育児の合間に少しずつ進めてきたものでした。なかなか思うように捗らず、ときに焦燥を感じながらの道のりでしたが、結果としてこのような過分の評価をいただくこととなり、心より嬉しく思います。 拙著の主題であるピエール=ジョゼフ・プルードンは、19世紀フランス思想史においては大きな存在感をもっているものの、一般的には忘れられた思想家の類に属するかもしれません。「忘れられた」というのは二重の意味があります。第一には、単純に読まれなくなっているということ。第二に、たとえ彼に関心が向けられるときでも、「アナーキズムの祖」や、マルクスに批判され乗り越えられた思想家、というように、固定化されたいくつかの文脈によってあらかじめ評価が定まっているということです。それらの文脈の意義は否定しえないにせよ、それらだけが突出して取り上げられるとき、その観点にそぐわない多くの思想的契機が疎かにされることとなります。 私の狙いは、そのような幾重ものヴェールに覆われて顧みられなくなったプルードンの思想をあらためて魅力ある姿で取り出したい、ということでした。拙著はその第一歩であり、論じ残した問題はまだまだ多いと考えています。プルードンは同時代の問題で論じなかったものがなかったと思えるほど広大な領野を論じた思想家であり、またこの時代にもっともよく読まれた政論家の一人でもありました。そのような彼の思想を研究することは、翻って彼を通して19世紀フランスの思想史を深く再検討に付すことにもつながると考えています。 また拙著を執筆する過程では、Ch・フーリエやP・ルルーなど、プルードンと同じく(あるいはそれ以上に)忘れられた存在となっている同時代フランスの思想家たちの魅力にあらためて気付かされました。経済的な危機、政治的な危機、そして道徳上の危機という三重の危機のなかで思考した彼らの思想を生き生きとした姿で蘇らせることもまた、拙著の延長線上に行うべき課題と考えています。 |
選評 |
評者 川出 良枝(東京大学教授) 9世紀フランスの思想家であるプルードンは、一般にはアナーキスト、あるいは「所有とは盗みである」の言葉で知られる社会主義者とみなされている。マルクスが彼を手厳しく批判したこともあり、かつてはマルクスに乗り越えられた未熟な社会主義者という扱いをされたこともあった。あるいは逆に、マルクス主義の欠点を補う社会主義の別の可能性を彼の思想に読み込もうという試みもあった。 本書は、これまでの解釈に謙虚に耳を傾けながらも、既存の枠組みに捕らわれることなく、21世紀にあらためてプルードンを読み直そうという新鮮な試みである。経済理論の面に関心が集中してきたのに対し、プルードンの政治思想・社会思想により重点を置いた点も本書の特色である。プルードンの全体像と意義とがバランス良く、すっきりと一冊にまとめあげられている。 だが、すっきりとまとめるというのは、ことプルードンについて言えば、そう簡単なことではない。その著作は膨大であり、本国フランスでもテクストの校訂が整備されているとは言い難い。作品の大半は未邦訳である。扱う主題は拡散し、矛盾しているようなことを平気で述べ、時期による変化も大きい。こうした事情をふまえると、本書が初期から晩年に至るまでのプルードンの主要著作を丁寧に読み解き、彼の思想の中核にあるものは、絶対主義批判、あるいは副題にあるように反「絶対」の探求である、と喝破したことの意義は大きい。 政治権力や教会の権威の絶対化を批判するのは、自由主義の政治思想の顕著な特徴であるが、プルードンの場合、国家や教会といった可視的な存在への批判にとどまらず、財産所有をはじめとする社会に広範に蔓延する絶対化という流れに対する全面的な批判となった点が斬新であった。共産主義も、彼に言わせると、財産の共同所有という別種の所有の絶対化の形態にすぎない。彼は、普通選挙にも批判的であったのだが、これについて本書は、強力な指導者への民衆の絶対的帰依の可能性に対する懐疑に発するのではないか、という興味深い解釈を示す。ポピュリズムという難問に直面するわれわれにとって、大いに示唆的ではないか。 本書がプルードンを幅広く他の思想家と比較している点も興味深い。ルソーやカントのような先行する思想家、およびトクヴィル、コント、デュルケームのような同時代の理論家との的確な比較により、プルードンを大きな思想史の流れに的確に位置づけることに成功している。 審査委員の間では、本書が首尾一貫したプルードン像を示すことにより、良質な入門書となり得ている点には異論はなかったが、より高度な専門性を重視する立場からは、まとまりは良いが、掘り下げがやや不足している、といった声もあがった。しかしながら、類書があまりない中で、一人の思想家の全体像を分かりやすく伝えるというのは生半可なことではない。今の時代に生きる読者にプルードン思想の魅力と豊かな可能性を提示したという点で、本書は奨励賞にふさわしいという結論となった。 |