奨励賞

佐藤 香寿実

『承認のライシテとムスリムの場所づくり ―「辺境の街」ストラスブールの実践』

人文書院、2023 年

1989年リヤド生まれ、東京で育つ。2016年よりフランス政府給費費留学生としてストラスブール大学大学院に留学し、修士課程修了(Master/人文社会科学)。2020年、お茶の⽔⼥⼦大学大学院博士後期課程修了(博士/社会科学)。お茶の⽔⼥⼦大学グローバルリーダーシップ研究所特別研究員、東京農業大学非常勤講師、敬愛大学非常勤講師を経て、現在、芝浦工業大学建築学部建築学科特任講師。専門は人文地理学、フランス地域研究。

受賞者の言葉

 このたびは第40回渋沢・クローデル賞奨励賞という栄誉ある賞を賜り、たいへん光栄に存じます。審査してくださった先生方、関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。また、これまでご指導・ご支援いただいた先生方、拙著の出版に関わってくださった皆様、これまで私の研究に関わってくださったすべての方に、改めて感謝の念をお伝えします。

 ご選考いただいた拙著は、2020年3月に提出した博士論文に加筆修正を加えたものです。本書では、現地での参与観察やインタビュー調査の成果にもとづきながら、現代フランスで広く共有されている共和主義的なライシテ観にみられる普遍主義を、ローカルな実践から問い直すことを試みました。

 事例として取り上げたストラスブールという街は、フランスにおいて「辺境の街」でありながら、ドイツとフランスの間の係争地となった歴史を乗り越えヨーロッパ都市として発展してきました。このストラスブールでは、アルザス=モゼルのコンコルダ体制(公認宗教体制)のなかで、宗教的多元主義を核とするライシテ観が共有され、大モスク建設、ムスリム公共墓地建設、および宗教間対話の場づくりといった、「ムスリムの場所づくり」の取り組みに活かされています。そこでは、様々なアクターの働きによって、対立や葛藤、不平等と同時に、豊かな諸関係構築の契機が生まれています。

 グローバル化のなかで、今日のフランス社会は、共和主義的伝統に基づく崇高な理想を掲げながらも矛盾や葛藤に満ちた現実を生きており、そのギャップに苦しみもがきつつも、共生への道をあきらめずに少しずつ前進しているように、私の目には映ります。日本では、フランスの現状は、テロリズムに関する報道も相まって悲観的に語られたり、「移民の社会的統合の失敗例」として移民受け入れに対する反対意見の引き合いに出されたりすることも少なくないように思います。しかし、それぞれのローカルな現場では、さまざまな共生のための取り組みが維持されてきました。

 今回、本書が受賞の栄に浴すことができたのは、そうしたローカルな現場で努力を重ねてきた人々の取り組みあってのことです。あらためて、調査に協力してくださった方々に感謝の意を表するとともに、今後も「現場」に意識を向けて、フランス社会の混淆性を描きだすような研究にいっそう邁進していく所存です。

選評

評者 山元 一(慶應義塾大学教授)

 本書は、現在多様な理解がなされているライシテの一類型としての「承認のライシテ」という考え方に光を当て、それを支持する立場から「『辺境の街』ストラスブールの実践」(本書の副題)に目を向け、現代フランスのライシテの現実の一端を明らかにし、ライシテ原理の将来への展望を探ることをテーマとするものである。

 本書の構成は、第1部の「理論的枠組みと背景」と第2部の「事例研究と考察」の二部に分かたれる。そして、事例研究の対象として、ストラスブールのムスリムを考察の中心に置く。第1部の理論的分析は従来の議論を整理するにとどまるものであり、率直にいってやや物足りないが、第1部第4章と第2部は極めて興味深い。まず、ライシテを国家の基本原理として掲げるフランスにあって、アルザス=モゼル地域においては1905年法の適用が排除され、今なお1801年以来のコンコルダ制がなお通用しており、そうであるがゆえに、「公認宗派」に対して国家による積極的な財政援助が行われてきたことを確認する。こうして本書は、時代によって仏独両国に帰属してきたこの地域の歴史的展開の特徴ゆえに、このような体制が維持されたからこそ、いわば逆説的に今日的なイスラームの増加という問題状況にうまく適応することができたことを鮮明に描き出すのである。そこでは、イスラームは「非公認宗派」ではあるもののその枠組の中で一定の優遇措置をとることが可能となり、実際にそのようなことが行われている、という。本書を個性的で魅力的なものとしているのは、人文地理学のパースペクティヴに立脚し、「動態地誌」の手法を採用しローカルな視点を重視して、「重層的な相互作用の過程」として「地域や場所」を定位し、そのような視角からストラスブールにおけるイスラームの「大モスクの建設」「ムスリム公共墓地の建設」「宗教間対話の取り組み」をフィールドワークの対象として、それぞれの事例を詳細に紹介・分析しているところにある。

 上記の考察の結果筆者は、「承認のライシテ」というあり方は、公的機関による「承認」が「選別」「管理」へと変質する可能性があることに注意が必要だとしつつも、現実としてはイスラームだけでなく「様々な非公認宗派」に対して対話と援助をしてきたポジティブな結果をもたらしてきた、という。本書における、多様な宗教の共存を可能にする市民や社会の「能力・技術」の開発を重視すべきだという提言は、注目に値する。

 審査の過程で、インタビューの方法や対象の選定について問題点が指摘されたが、本書は全体としてよくまとまっており、一貫した立場・方向性を堅持しながらも、自らの立場・方向性と反対の立場や、筆者の「調査バイアス」や「立場性」にも十分目配りをしており、一つの充実した研究として成立することに成功している。