本賞

谷口良生 

『議会共和政の政治空間——フランス第三共和政前期の議員・議会・有権者たち』

京都大学学術出版会、2023

1987年、鹿児島県生まれ。2020年、京都大学大学院文学研究科歴史文化学専攻博士後期課程修了(博士(文学))。日本学術振興会特別研究員SPDを経て、2022年4月より明治大学文学部専任講師。主著として『議会共和政の政治空間』(京都大学学術出版会、2023年)。共著として『はじめて学ぶフランスの歴史と文化』(ミネルヴァ書房、2020年)など。

受賞者の言葉

 このたびは、第41回渋沢・クローデル賞本賞をいただき、大変光栄に存じます。ご選考くださった先生方や関係者・団体のみなさま、また本書の完成までにご助言や激励などをくださったみなさまに、心より感謝申しあげます。
 ご選考いただいた拙著は、2019年度に京都大学に提出した博士学位論文に加除修正をくわえたものです。拙著の大きなテーマはフランス議会史ということになりますが、このテーマは少しの奇妙さをもっています。フランス革命が近代民主主義が形成されるにあたっての画期のひとつであることに異論のある方は、おそらくおられないでしょう。しかし、その革命に続く19世紀を対象とするフランス史研究において、奇妙なことに、議会史という研究分野は長らく明確には意識されてこなかったといえます。こうした研究状況のなかで、どのようにフランス議会史をとらえればよいのか、さらにいえば、「新しい議会史」とでも呼べるものをどのように描いたらよいのか、この問いを自分なりに模索した結果が拙著となっています。
 また、拙著が舞台としている第三共和政という政体・時代は、近現代フランス史をどのように叙述するかという歴史叙述のうえで、非常に重要な位置を占めています。議会共和政とも称される議会主義的な政体である第三共和政は、王政や帝政といった「反動」に対する近代民主主義の勝利の象徴とされてきました。近年ではこうした見方にも修正がくわえられつつありますが、それでも、肯定的であれ、否定的であれ、第三共和政をどのように解釈するかという問題は、いまだ近現代フランス史の叙述を左右しうる重要性をもっています。拙著では、このような問題意識もふまえ、半ば神話化されてきた「レッテル」としての「議会共和政」ではなく、ひとつの歴史像としての議会共和政を「議会政治の空間」という視角から描いたものでもあります。
 独自の関心をもつ自立した研究分野としての議会史が意識されてこなかったとしても、議会を舞台とする歴史研究はこれまでにも相当な蓄積がありますし、また史料も膨大に残されています。それらを渉猟するために、何度もフランスへと足を運びました。本当にさまざまな方々のご支援があって拙著は成り立っています。あらためてすべての方々に心から御礼申しあげます。今後も賞の名に恥じない研究を続けていけるよう、精進してまいります。

選評

評者 伊達聖伸(東京大学教授)

 フランス政治の特徴のひとつとして、中央の有力政治家が地方の議員や首長でもあることを挙げることができる。議員職の兼任は、七月王政期に始まり、第二帝政期に実践が広まり、第三共和政前期に定着したとされる。本書は、この第三共和政前期の動向に焦点を合わせ、議会共和政の政治空間がどのように形成されていったのかを、歴史学の観点から描き出した労作である。
 いわゆる政治史・議会史中心の歴史叙述は、社会史・文化史の隆盛を受けて低調になっていったが、本書は「議会政治の空間」という独創的な視点から、社会史・文化史の成果も踏まえる形で、第三共和政前期の議会政治に総合的にアプローチしている。本書が議会史研究として特筆に値すると思われる点を3つに絞ってまとめてみたい。
 第1に、「議会」と言えば通常は「国会」——「下院」と「上院」——という前提で議論がなされるところを、本書は「地方議会」——フランスでは行政機関として地方行政史の枠組みにおいて扱われてきたという——をも組み込んで論じている。
 第2に、そうして立ち上げられた「議会政治の空間」の生成過程を描き出している。普通は1879年の総選挙における共和派の勝利をもって議会共和政の確立とされるが、本書はそれを到達点とはせず、プロセスにおいてとらえている。議会共和政が定着する過程で、議員は名望家から政治・社会資本に乏しい者たちへと移っていくが、兼任はそうした新勢力による政治的戦略の一環をなしていたことを明らかにしている。
 第3に、徹底的で網羅的な資料収集に基づきながら、問いを立てて対象を画定し、自覚的な距離感を保ちつつ議論を進めている。対象選択地域であるブーシュ=デュ=ローヌ県の特質——共和派のなかでも急進派そして社会主義者が強い勢力を誇った——をよく把握したうえで、プロソポグラフィの手法を利用して、この地域に特有の議会政治の空間を、重厚な歴史研究として結実させている。
 議員(第一部)、議会(第二部)、有権者たち(第三部)と議論の焦点を切り替えながら、兼任や兼任回避がローカルな政治状況においてなされていた実態を明らかにしたり、知られざる郡議会をも扱ったり、政党のような輪郭を持たない流動的な後援会までをも論述対象としたりと、非常に野心的で挑戦的な研究で、膨大な時間と労力が注ぎ込まれたことが窺われる。
 専門的で重厚な研究でありながら、比較的読みやすいのは、全体の構造が明確で、方法が一貫しており、ミクロレベルの具体的な事例が大きな展望と有機的に結びつけられているからだろう。本書が明らかにした「議会政治の空間」の性質を踏まえつつ事件史を記述するとどうなるか、共和国の思想をここから紡ぎ出したらなど、さらなる関心もそそられる。本賞にふさわしい堂々たる著作である。